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     茶会記  Off Line Meeting   arsnote.com_

 むすびとく 空の庵か キノコ雲
               抱楽

  とふ人あらば しばしとどめむ
               寝理

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形式、伝統に縛られているような茶道ですが、その心は本来、融通無礙、心の自由を得るのが目的です。私は、現代は現代の茶の湯があってよいと考えていますので、この庵でARS-MLの皆様のお話をうかがうのが楽しみです。仲間入りさせていただき感謝しております。年齢的には老境に入りつつありますが、気持ちは青年部です。一度お茶をお点てになりませんか?

                            無礙庵 庵主



(さまた)げのない...  


サイトのお世話をしている参休と申します.
「無礙」?と言うわけで早速検索をいたしました.
ISIS 恐るべし.土師器(はじき)か,水注す輝きか?以下御参考まで.
                                参休
 
無礙」参考資料 



松岡正剛の千夜千冊『情報とエネルギーの人間科学』ジャック・アタリ

松岡正剛の千夜千冊『拡張された次元』坂根厳夫

松岡正剛の千夜千冊『臨済録』

松岡正剛の千夜千冊『人はなぜ話すのか』

松岡正剛の千夜千冊『知覚の現象学』
松岡正剛の千夜千冊『華厳経』高銀 より抜粋

 華厳世界観が顕教の最高の位置を示す経典であって、かつ密教の最高の入口になっていることについては、省略する。ぼくの『空海の夢』(春秋社)を読まれたい。あの本の後半はこの問題の解明に尽くしている。

 その華厳世界観には恐るべき方法論がある。「一即多」と「相移即入」である。一つの事象をすべてにつなげ、それらの関係をことごとく相互共鳴させるように世界を眺めたいという方法だ。このホロニックで、かつ超平等な方法によって『華厳経』を読むと、世界が次のように見えるようになっている。

 まず「事法界」がある。現象の世界というもので、現に存在しているあらゆる事物や事実がそこに見えている。一個一個と自己をつなげることはできるが、これらは一見バラバラである。この段階は小乗仏教思想の全般と大乗仏教思想の相始教があてはまる。

 ついでよく目を凝らしてみると、「理法界」が見えてくる。理法界は理性が見る世界ともいうべきもので、いったん空じて世界を見ていることにあたる。すなわち仏教的には中観あるいは空観にあたる。もっとも、空というのは何かを意識や解釈が空じようとするということであるから、ここには関係の現象学が全面化したとみるべきなのである。かつてシチェルバトスコイは「空」を英訳するにあたって“relativity”を選んだものだったが、まさにそうなのである。すべてはここで関係化はされうる。

 しかし、この両者の認識論的で現象学的なインターフェースだけでは世界の本質はまだ見えない。二つの見方の根底を大きくつなげる必要がある。 これが「理事無礙法界」という世界の見え方で、ここに華厳経の最も重要な「無礙」(むげ)があらわれる。無礙とは疵(礙)のない鏡面のようなメタファーであって、その無礙によって世界の事と理を見ようというもので、鏡面だからそこには向こう側の事も頭の中の理も映る。いや、映りあう。これがいよいよ「一即多」と「相移即入」の方法の面目躍如するところで、世界は劇的にかつダイナミックに理事が溶けあってくる。.

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