造形論理学よもやま話[T]

結晶と有機物


高木隆司教授×笹山 央



笹山 「造形論理学」では宇宙の物質的過程というのを対称性が破れていくプロセスとして捉えていこうとしている、それはエントロピーが増大していくという法則とパラレルな関係として考えていて、秩序が崩れていくということでもありますね。そういう中で、鉱物の結晶作用という現象は、対称性を作り出していったり新しい秩序を作っていく現象としてみると、エントロピー増大の法則とか対称性の破れの過程とかとは反しているように見えます。そこで、地球上においての鉱物の結晶作用に見られる対称性の生成や秩序の新たな形成は、宇宙の物質的過程の中ではどのように位置付けできるか、ということについてお話をお聞きしたいと思います。

高木 結晶成長というのはどんな時に生じるかというと、温度の差があったり物質の濃度の差があったりする非平衡な状態の場合です。エントロピーが増えていくというのは、温度の差とか濃度の差が無くなっていく状態に向かっていくということですから、エントロピーが低い状態で結晶成長というのが起こる。大域的にはエントロピーが増えていくけれども、ローカルには温度差や物質の濃度の差があって、そういうローカルな場で結晶成長が起こるんです。つまり、エントロピーの増え方にはローカルに凸凹があってね、凸凹のはざまで秩序が生まれるんですよ。まず初めにビッグバンがあって、その中心は何億度もある非常に高温な状態、まわりは絶対零度に近い状態、そういう一様でない状態が最初にできたんでね、それがだんだん冷えていって温度が平均化していく中で、全体がぼやけてしまうんではなくて、ところどころに秩序が生まれたり、それが消えたりということを繰り返しながら、最終的には秩序の無い――ということは、一定の温度で一定の混ざりきった状態に近づいていくわけです。ですから、結晶ができたといっても、何千万年か立つとその秩序が失われてバラバラの分子の状態になっちゃうんですよ。

笹山 温度差があるということは地球という惑星においてのことですか?

高木 いや、地球だけを見れば地球の内部の温度は高くて周りは低い。太陽系全体で見れば、太陽に近いところは温度が高くて遠ざかるにつれて低くなっていく、銀河系で見ると、銀河系の内部は比較的温度が高く、外は低い。温度のムラがあっちこっちでいろんなスケールであるわけです。そのスケールに特有の現象がそこに起きているということですね。

笹山 温度のムラがある状態を非平衡という‥。

高木 ええ。ただし最終的に完全に一様な状態になってからも偶然的にムラがところどころに出たりするんですよ。それを熱的ゆらぎとわれわれは呼んでるけれども、ゆらぎというのは最終的な状態でも起きる。一方、非平衡というのはそうじゃなくて、はっきりと温度差があって、熱の出入りがある。これは、宇宙ができた時に生じたゆらぎがそのまま残ってきている現象ですね。だけど非常に大きな温度差だから普通にはゆらぎと見なされていない。

笹山 そういう温度差の中で、地球の表面は絶対温度でだいたい250Kから320330Kぐらいの間にあるわけですが、結晶作用についていえば300K前後での現象ということになりますか。

高木 いや、そうとは限らない。1000Kぐらいで結晶になるのもあるし、もっと低い温度でなければいけないのもある。金属とかシリコンとか一種類の元素だけで結晶ができるもので言っても、元素の性質によって結晶化する温度の幅は大きいですよ。絶対温度300K前後で特有な分子結合といえば、生体物質です。われわれの体を作っている物質は、大体この辺の温度で秩序が保たれるようになっている。

笹山 有機物ですか。

高木 ええ、有機物‥‥。炭素、水素、酸素、窒素なんかでできたものはこの辺の温度帯ですね。それより高いと分解してしまう。

笹山 ああ、そうか。そこで炭素と珪素の問題が出てくる。炭素を核とした分子結合は有機物になり、珪素と酸素が分子結合し、結晶化して岩石になっていく‥‥。炭素を核とした分子結合は結晶とは言わないですね。

高木 結晶ではないですね。有機物が結晶を作るのは例外的にしか見られない。人間の体の中では、たとえば腎臓結石というのは結晶だけれど、あれは異物であってね(笑)、生体にとって望ましいものではない。それから骨とか歯に薄い結晶の層がある。

笹山 有機物の結晶で有名なのは酒石酸ですね。パスツールの‥‥。

高木 酒石酸にも二種類あり、それが鏡像対称になっている、生体中ではその片方しか生まれないことで有名ですね。なお、結晶というのは分子が持っている対称性が反映されたもので、あまり大きな分子だとだんだんと対称性がなくなっていって、きれいな形の結晶ができない。分子がなぜ対称性を持っているかというと、そもそもの原子の対称性からきてるわけですね。たとえば炭素だと結合の手が4つある。それがだいたい正四面体の方向に出てるわけですね。だからそれを元にして単純な分子を作ると多面体の対称性を持つものができやすい。マクロな結晶を作るには分子をランダムにくっつけていくということもありえますが、ていねいに結晶を作っていくと対称性のあるものになる。

笹山 珪素も酸素と手を結んでSiO4四面体をつくりますね。SiO4四面体が核になって珪酸塩と呼ばれる物質群がつくられ、それが地球上のほとんどの岩石となる。

高木 炭素と珪素はよく比較されますね。

笹山 元素周期表でも同じグループです。

高木 ちょうど金属と非金属の間に存在していて。

笹山 それで、先ほども言ったように、炭素を軸とする系列は生命体につながる有機化合物の世界を展開し、珪素を軸とする系列は鉱物の結晶世界を展開していくわけですね。

高木 ええ。珪素の系列はなかなか生体にはならないんです。一方、炭素の方は鉱物の世界も一部構成しますね。たとえば石灰岩はCaCO3でしょ。

笹山 ああそうですね。

高木 炭素は両方にまたがってる。

笹山 いずれにしても、無機物と有機物の分かれ方のその元々が、わずかに炭素と珪素の違い程度にすぎなくて、しかも炭素と珪素が同族的な元素であることを思うと、無機物と有機物の間はあまりたいした違いはないんだなっていう気になってきますけどね。あるいは、炭素や珪素といった元素は無機物と有機物の境目に位置する物質というか‥‥。

高木 うん。境目にあるということは、なんにでも結合しやすいということですね。CとかHとかOというのは何にでも結合しやすい。だからこういったものが集まるといろんな形の分子ができるということです。しかしSiあたりになってくるとその融通無碍の程度が少し低くなってきます。

笹山 ということは、融通無碍な元素の段階では有機化合物が、融通無碍さのレベルが少し下がった段階で結晶の世界が構成されてくるんですね。要するに、無機物と有機物の間というのはそんなに離れていないとも言えるし、両者の本質的な違いを言うなら、それは何からきているかということになります。

高木 無機物と有機物はある部分でオーバーラップしてる、というか、連続的につながっている。有機物という言葉の意味は、組織だっていて何か機能を持つ物質ですね。たとえば酵素のような複雑なものになると明らかに機能を有している。そういった構造を持つものが有機物‥‥。

笹山 機能‥、なるほどねえ。

高木 機能と言ったけれど、この言葉が定義しにくいんですね。

笹山 ああそうですね。機能を持つということは結局「かたち」を持つということにつながっているようなんだけれど、そうだとしても機能とかたちの関係というのはなかなか定義しにくい。

高木 逆に言うと、形を持つと機能が生まれやすいというふうに言うこともできるんですね。シリコン(珪素)の化合物でも半導体の素子をつくることができるんで、それは機能を持つと言うこともできるでしょう。そうなると、たとえば鉄は建築材料になるわけだから機能を持つということになる。まあ、機能をどう定義するかということになるんでしょうね。その場合に、問題は分子のレベルで分子1個だけで働きを持つものが本当の有機物ということですね。そう考えた方がすっきりすると思います。

笹山 機能ということについては僕の中でまだ見通しがついてないんですよ。この話題はまた改めてということにさせてください。

 先ほどの有機化合物と結晶の話が出てきたところで、どちらも絶対温度300Kから1,000Kの間ぐらいでの現象であるわけだけれど、その温度帯での対称性の問題ということがある。たとえば有機物の世界では5回対称ということがひとつの主流をなすけれども、結晶の世界では5回対称は存在しない(準結晶は除く)とかいった話もあって、次の機会にはそういう対称性の視点から有機的世界と無機的世界を楽しんでみたいと思います。

 

 

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