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更新:08/09/30 >09/12/18>12/11/06> 15/06/08
■形典 / ●形典とは
 

     

   
●形典とは
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造形表現における
文法的構造を想定してみよう.

 

 言語には文典(文法と語法)による構文,音楽には楽典による楽譜,社会には法典に基づく国造りもある.ならば,造形にも形典,そして形譜(造形譜)による形の記譜が想定されても不思議はない.

 もちろん,文法を学んだからといって美しい名文が書けるわけでもないし,楽典を学んで名曲が作れるわけでもない.ましてや,法典を学んだからと言って良い国造りが行われるわけでもないから,それらの学習による功罪を語る気はない.しかし,コミュニケーションの手立てとしては,ものごとや表現の構成には原理やルールがあり,それを基準として多様な形式や繊細な差異が見えてくるのは事実である.とはいえ,それらに捉われてばかりいても表現は硬直してしまう.自由になるためには,一度は原理や基準を使いこなし,さらに,それらを打ち破っていく勇気と創作的エネルギーが必要なのだ.

 スポーツにもルールがある.規則は面倒だが,これがないとゲームは楽しめない.楽しめないルールは改正されていく.それでも受け入れがたければ,別のゲームが生まれる.
 芸術にはルールなどない…と言いたい気持ちは解るが,それぞれの作風には固有の表現ルールがあるものだ.それらの更新によって新しい芸術運動が生まれてきたとも言える.もちろん単に仲間意識に根差した暗黙のルールもある.どんなに自由な芸術もコミュニケーションの一形態であるから,共通のルールがあってこそ誤解なく表現を伝えることができる.なくても心が伝わるというならば,それは本能のごとき暗黙知であり,それに越したことはないが…直観同様に知識として学ぶことではない. もちろん人それぞれの経験知による自由な解釈を意図とする表現もある.たとえルールが無くとも,それは想定外の表現なのだ.

形典とは,造形構成を認識するための基礎理論.

 

 形典とは,造形構成を認識するための基礎理論であり,構成認識の法則を定めるものだ.つまり構成認識の仕組みを客観化し,抽象化することで記譜法を定め,形譜(造形譜)としての記述が可能となる.

形譜は造形譜を含む.

 

 形譜と造形譜はほぼ同じ意味であるが,本文中では,“形譜”は自然や過去の文化遺産などといったすでに周知された形態の記譜を含み,“造形譜”は“創作的意図をもって作者自らが記した形譜”といった感じで使い分けている.

造形譜による実制作(パフォーマンス)とは.

 

 実制作(音楽でいう演奏:performance)とは,全体の造形構成が完了した形譜を解釈し,具体的表現とする行為である.作品表現には,制作”や“製作”といった表記があるが,ここでは混乱を避けるため,“制作”は創作性や解釈を含むもののつくりかた,製作は設計図書などの指示に従って,デザインに忠実に作ることというニュアンスで使用している.一般的な事例では,慣習や心情もあり,この限りではない.

造形譜が認められると,真似や偽物といった負の評価ではなく,同一の構成からさまざまな新しい解釈(実制作)が生まれる.

 

 すでに文化史的にも音楽の記譜は,演奏による解釈の多様さを認めている.したがって造形美術においても,形典と形譜による記譜は大よその造形構成を表し,その抽象表現に対する様々な解釈が可能となる.この社会的認識によって,真似や偽物といった負の評価ではなく,同一の構成からさまざまな新しい解釈による造形表現が生まれ,造形美術への理解の深まりと表現の活性化を図ることができる.

 

概要

  例えば左下の写真のような石膏像の形譜は,石膏デッサンで使われる「大顔面」(右下)のような,大よそのかたちを平面で表した座標譜(CGで使われるポリゴン・メッシュ)となる.

顔   顔の造形譜

 これらの三次元の情報を伝達するには,このような立体物(石膏像や模型)を用いるか,正確な数枚の下絵や図面,銀塩写真などが使われてきた.
しかし,近年では,写真のデジタル(ピクセル)データ化だけでなく,3Dプリンターなどで立体出力ができる.

 だが,複製技術の進歩と造形譜への理解(音楽ならばメディアの進化と楽譜への理解)は,まったく別の問題だ.

 

 ここで述べられている内容は,形典や形譜を理解するだけでなく,造形作家がより解釈を深めるための構成法(音楽なら作曲法のようなこと)についてもふれているが,その論理性から創作性へと移る難解な部分を読み飛ばしても,形譜の読み取り方は大よそ理解できるはずである.
 CGの知識がある方は,「なんだワイヤー・メッシュやポリゴン・メッシュのことか?」と思われて当然である.しかしこれらの座標譜は,使われたリズムやプロポーションが明記されておらず,3Dデータの送受の書式に過ぎない.つまり造形的構成を伝達する造形譜としての認識には至っていないのである.このような問題を解決するには,“形の科学”や“造形(構成)学”といった“かたち”に関する研究がICT(情報通信(対話)技術)と歩調を合わせて公知される必要がある.
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 恐らくほとんどの人が,形の記譜なんて聞いたことが無いし,できそうにないし,する必要もないのではと思われるだろう.当然である.何千年もの間,人類は形典などという形の文法を定めたためしがないし,一度図を描けば消えることもないので,視覚伝達はスケッチで十分だと考えているはずだ.
 しかし,近年では,写真のデジタル(ピクセル)データ化があたりまえになり,三次元データも定められた書式(DXF,OBJ,STL等)で受け渡しができ,フリーソフトで簡便な可視化や高度なレンダリングもできるようになった.この立体データのデジタル化によって,音楽の楽譜のように,誰もが大よそのかたちを簡単に複製し,立体プリンターなどで出力できるようになってきている.機械設計などもすでに可視化しやすい三次元データが,主流になってきいるのだ.
  造形家は下絵やマケット(彫刻のひな形)だけでなく,大顔面のデッサンのようにさまざまな抽象的観点から造形構成を簡潔に把握する方法をいつも考えてきた.イメージにふさわしい言葉や○,△,□のような幾何学的抽象,そして北斎の絵手本(北斎漫画早指南)のような構成手法など様々だ.もちろん,勝手な解釈が許されない図面のような正確さを求める投影図や透視図などのルールもある.
 これらの手法やルールを学ぶことは,単なるデータの受け渡しではなく,その作業過程で対象を知る方法をしっかりと意識し,定量化,定性化による抽象的認識を深めることになる.

 しかし,これらはどう考えても西洋音楽の楽典と楽譜のような包括的な規則に基づいた統合的表現とは異なる表現手法だと思えないだろうか?
 音楽の作曲のように自然にはない全く新しい構成が創り出される造形は,建築などに見ることができる.しかし 大方の造形構成は,自然が秘密の方法によってすでに現実として表現しており,その複製は固有の増殖システムによって地球全体に繁茂し続けている.人もその一部に過ぎない.
 画家や彫刻家の表現は,これらの形態の再構成や新解釈による表現(パフォーマンス)となる.この圧倒的な自然の造形力に人が対峙することは,難しい.そしてたぶん自然の造形の秘密を解き明かしても,人間の美的創造性に直結するとも思えないのである.なぜなら人の感性もまたその長い地球史とともに育まれた極めて複雑な現象であるからだ.造形芸術とは,これらの自然現象への果敢な挑戦なのである.

 

形典においては,先ず視覚による感覚的抽象認識(感覚的モデル)の仕組みを洞察的に把握することが大切だ.

 

 

 ヒトへの進化過程の中で,他の動物と同様に自然形態はいつも視覚認識の対象となってきたはずだ.しかし,その形成プロセスはいまだに不可視の世界にあり難解だ.それにもかかわらずヒトは,自然科学のような抽象的概念モデルの活用に目覚める以前から,常にそれらの対象を見分け,分類し,認識し,自然淘汰の中を生き抜いてきた.本能的に高度なパターン認識力を獲得し,それが構造化された認識となって社会を支え,文化的継承を持続させてきたともいえるのだ.

 したがって,これから述べる形典においては,先ず視覚による感覚的抽象認識(対象の感覚的なモデル化)の仕組みを洞察的に把握することが大切だと考える.それらの感覚的抽象モデルを,更に配列概念を使って整理することで,ほどよい客観性をもつ造形構成の概念モデルとして探求できるようになるからだ.急ぎ俯瞰的に述べれば,それらの形譜的位置付けに主観的な解釈と固有のメチエ(技法)を共振させながら表現することで,解釈の多様性を認識し,美的構成へと表現が統合されていくという想定が,形典の基本構造である.

 すでに誰もが知るとおり,近年の映画ではコンピュータグラフィックでの仮想現実的描写があたりまえになっている.宇宙空間,エイリアン,恐竜,アクロバット,大地の崩壊等々なんでもござれの描写は,すでに満腹の感があるほどだ.積層造形(3Dプリント)を含め これほどの造形工学が成されながら形譜の位置付けとリリースが無いのは不思議であるが,現在の一般的な造形教育を音楽と比較すると無理からぬところもあるのだ.それは形を分析ではなく統合的解析から抽象化する学問を構築し学ばせないからである.もちろん実技のデッサンはそれを学ばせるが,その学習は,自転車に乗れてもその物理的現象を他者に説明できないような演習抜きの実習や個性的自習になりがちであるからだ.値踏み好きの者は結果良ければ全て良しであろうが,知性を求めるなら何事も分別を付け,観察対象に名辞を与え,対話と共にその現象を統合的に解析することが必要なのである.

 

形典による形譜の位置付けができれば,誰もが盗作や真似などと言われずに,カラオケ同様に,形譜からのものづくりを皆で楽しむことができるはずだ.

(パロディではなく,もしモナリザが記譜され,形譜が配布されたならば…,
「あたなたの描くモナリザこそ,ルーブルで展示すべきだ!」
なんて会話も可能となる.)

 

 形典の解説には,造形作家(composer)の構成法にかかわることも含まれており,音楽で言えば作曲法の領域を含むことなので,少々難しく思われる部分があるかもしれない.しかし,音楽の楽譜の位置付けが解れば,少なくとも,楽曲を皆で楽しく歌ったり演奏したりすることができるのであるから,形典による形譜の位置付けができれば,誰もが盗作や真似などと言われずに,ものづくりを皆で楽しむことができるようになるはずだ.難解な部分を読み飛ばして,そんな夢が形典に秘められていることがわかれば,形典や形譜の定立の意図がお解りいただけると思う.
  形譜や造形譜への理解と開示が進めば,独自の解釈によって,古今東西の形譜から新たな造形表現が次々と生まれてくるだろう. Page Top

 

形典とは,形の文法,つまり造形表現の形式的な把握,その感覚的抽象の表現方法の定立,形譜として表記するための美的形式の定立などである.

 

 

 これから述べる形典とは,形の文法,つまり,造形表現の形式的な把握,その感覚的抽象の表現方法の定立,形譜として表記するための美的形式の客観的表現法の定立などである.それは,先に述べたように人のパターン認識に係る感覚的な抽象であって,数学を使ったシミュレーションのようなアルゴリズミックな論理的抽象と並置されるものだ.つまり経験に基づいた知覚的認識による表現なのである.意外にも,基本的な認識ほど習慣の中では無意識に行われるため,誰もが重視しない場合もある.すでにプログラマーの間では常識となっている配列概念もそのよい例であろう.配列に対する基礎教育は小学校程度で終わっている. Page Top

 

音楽のメロディーやリズムやハーモニーのような概念は,造形ではどのように位置づけられるだろうか?それを知るには,配列概念をイメージする必要がある.

配列概念は,音楽の楽譜における時系列的分割(小節や楽節)や音程の構成を整理でき,造形作品の空間的構成や美的構成を把握するための形式的科学の基盤となるものだ.

 

 もともと,数えたり順序を表す数詞には,電気やガスのメーターのように順序よく数値を表すための厳格な桁の繰り上げ方がある.つまり桁という順序立った階層があって,初めて十進数が記述できる.当たり前のことだが,いつもこれらのことを意識して自由自在に数字や文字を見ている人は少ないだろう.使い慣れた数は計算のための十進数となり,意識や省察を遠ざけ,いつの間にかこれらの概念の光と陰を見失っているかもしれない.

  音階のドレミファにも順序がある.それを上手に入れ替えながら並べ音の長短を決めると,良し悪しは別としてその音階でのメロディーらしきものが生まれることになる.これら全ての並びを確実に記録しておく場が配列という概念である.楽譜は時間軸に並べた音符ごとに音の長さと高低や和音の状態が記録され,音の流れが一目でわかる優れた配列状の記譜法である.3次の配列は,行,列,層(ページ)の格子のなかに情報を記憶させることができるが,楽譜は視認性において卓越した工夫が重ねられており,楽器と共に高度なインターフェースを形成していることがわかる.

 つまり配列概念とは,単なる作表的記録ではなく創造の源となるとなるシステムの基盤なのである.

配列による整理の万能性を再認識しよう.

 

 対象に対応した文字や数字の並びを順序良く記録するには,原稿用紙や碁盤の目のような格子があると便利だ.このようにきっちりと並んだ記述場所による記録の全容をここでは“配列概念”と呼ぶ.(この詳細は“形典の基礎概念/配列概念”を参照.)  配列という言葉は,プログラミング以外ではあまり耳にすることが無いのだが,実はあらゆるところで使われている概念だ.グラフは配列データの可視化だし,楽譜や音源データ,アミ点の写真や画集なども配列の束ねだ.まさに碁盤の目の上で成される対局の様子も配列そのものの複雑な関係だ.原稿を集めて作られる本も,本が分類に基づいて書棚に並ぶ図書館も巨大な配列の集りで,ここには,人類の歴史も含め,この世の中の不条理までもが入念に記述され,また相互に引用されているのである.配列概念がいかに万能で,ものごとを整理するのに役立っているかお解りいただけるだろう.Page Top

 話を戻して簡単な配列について見てみよう.出席簿や成績表などは,配列を使ったかなり大まかな定量,定性的な人物評価だ.タイムカードなどの表は,給与計算表で集計され,収支の計算にも反映される.事務処理用の表計算ソフトは,さまざまなデータ処理に使われ,配列概念の典型的な応用ソフトであり,文字や画像を伴った簡単なページレイアウトのデザインにまで使われているのだが,実はパソコン内部のプログラムにおいても,配列概念があらゆる情報を記憶し,演算するための重要な整理法となっている.もちろん内部や外部のメモリーも,物理的に配列化されているのだ.したがって,配列操作からみればアプリケーションソフトの機能の差異は,むしろ配列操作による見かけ上の違いと言っても過言ではない.つまりプログラムも含めて,配列概念に対応した自在な演算処理が,ノイマン型と言われるコンピュータの万能性を生み出していることになる.
 配列で整理された個人情報は国境をも超えて統合され,実在の本人すら気づかない過去の分析とそれに基づく行動予測が常時行われている.だとするなら国民総背番号化の問題の根深さも,容易に想定できる.もはや亡命とは,地球外に出ることになりかねない.技術は両刃のの剣なのだ.
 さて,このような配列概念の応用は,時間軸をもつ楽譜のような配列を取り込むことにも何ら問題は生じなかった.むしろ楽典の方が情報科学的にはずっと進歩している学問体系であったから,音楽のソフトウェアーは,急成長したのだ.だが造形美術はどうであろう?CGがこれほど進歩しても造形の記譜法すら学校で学ぶことが未だにできない.実におかしな話なのである.

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楽典の楽譜が時間軸や音の高低で配列を定めるように,この形典の形譜は空間と時間の配列を使って造形要素の構成を記述する.

 

 楽典の楽譜が時間軸や音程や音価(音の長さ)で配列を定めるように,この形典の形譜は空間と時間の配列を使って造形要素の構成を記述する.配列概念は点,線,面や,要素,要因といった集りの統合的把握を可能とし,造形作家は,それらの集合の定量,定性的な関係を美的形式(リズムやプロポーションなど)の観点から注意深く調整することて造形構成をおこなうことができる.

配列の階層性とその認識の同時性における調和を知ろう.


見方を変えれば世界が変わる.

 

 視覚を支える網膜も,聴覚を支える螺旋状のコルチ器も配列的な仕組みをもつ.だが,そこから発せられる物理的シグナルやその楽音に対するパターン認識,それによって記憶を励起させた感情的認識などは,かけ離れたレベルの現象と考えられる.この専門的探求は,まるで計算機自体が自己分析を始めるような事であるから,実に困難で気の遠くなるような問題とも思える.そう考えると,論理的抽象と感覚的抽象を素直に並置していくことは,人間の尊厳にもかかわるあたりまえな事と思えないだろうか.
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 さて,使い慣れたリテラシー(読み・書き・計算)といえども,実は子供の頃に誰もがそれなりの努力をして獲得した習慣だ.日常的に使っていながらも,大人になって初めて自己の能力を客観的に認識することは,人間の驚くべき情報処理能力の賜物ともいえる.「見方を変えれば世界が変わる」と言われるが,若いうちに常識化してしまう基礎教育を客観的に見つめなおし,さらに自ら世界の見方を変えていくことは,教育者を含めて大変な困難が伴うこととなる.この形典も,場合によっては二の足を踏みそうな厄介な教育課題となるかもしれない.
 だからこそ,これを踏み台にすることで,新たな美への夢と行動が生まれることを大いに期待するのだ.

 

  アルスノート研究所               石垣 健

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