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■論文,著作,エッセイなど


 
CiNii 国立情報学研究所: http://ci.nii.ac.jp/nrid/9000001259316

2012年10月 『かたち創造の百科事典』丸善出版
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/katachisouzounohyakkajiten/index.html
かたち創造の実践 4.パターン /デザインのためのリズム/デザインのためのシンメトリー/デザインのためのプロポーション/デザインのための魔方陣[石垣健]

「モデュール表を使った造形譜のための構成システム/美の構成に潜む配列とモデュール」
Arsnote Composer シリーズからの造形譜(Formative Score)出力テストとレンダリングによるパーフォーマンスです. 今回のプロジェクトは,CSV形式(表計算ソフト)で表記したモデュール表から,かなり自由度のある空間構成を可能にしています. 主な内容は,下記講演にて発表.
2010年6月26日(土):形の科学会開催の「第69回形の科学シンポジウム」
2010年6月29日(火):東海大学教育開発研究所秋山研究室 「One Day Seminar」  
笹田晋司1,石垣健2 (1 日本電子専門学校,2 アルスノート研究所)

この原稿は,デザイン学会教育部会論集「21世紀のデザイン教育を考える」に寄稿予定のものですが,皆さんの意見交換促進のため一時的に掲載いたします.更新(2010.1.15) pdf 21cDesighn10HP.pdf
「複合的対称性に関する構成モデュールと配列表現」  形の科学会誌 2006.03
RIKEN Art&Sciencetenn 展 i2005.10
河口洋一郎監修 「CG入門」 丸善 第五章 情報デザイン 2003.6.30 刊行 丸善 
形の文化会編 形の文化誌  工作舎 1999,1997
デザインにおける対応表現 日本デザイン学会教育部会 1997年11月20日
アートにとって科学とは? 1997年


『形の文化誌』
  形の文化会 編

形の文化誌[1] アジアの形を読む
エッセイ「かたちと対応表現」

形の文化誌[6] 花と華
論文 「造形ノート」

 造形譜への私的アプローチ

造形ノートのロゴ


形の文化誌[6]

論文 「造形ノート」 造形譜への私的アプローチ    1999.4 石垣 健 


 
「造形譜」をイメージする   音楽における楽譜のように、美術にも「造形譜」があったとすると、それは造形活動にどのように受け入れられているだろうか。おそらく、学校では美術の授業で記譜法を教えているであろうし、街の画材屋に「造形譜」が並び、誰もが独自の解釈と、手近な技法で再現を楽しんでいることだろう。又、絶対音楽的造形や標題音楽的造形が、「造形譜」として記録され、様々な形式が記譜を例とし歴史的に位置付けられているであろう。そして、ガウディのサグラダファミリア教会などは、現在制作中の作品でありながら、「造形譜」がその完成に先立って出版されたりもするのである。これらの「造形譜」による作品は、「制作家」(演奏家 performer)のもつ伝統的手法や、独自の新しい解釈と技法によって制作(演奏 performance)され、画廊や美術館等で披瀝され話題となっていることであろう。たとえば、こんな風にである。

 A氏の未制作の造形譜、「交響詩―失われし風―」が五年ぶりに本格的に制作されることになった。場所は、あの○○国際フォーラムの、巨大な吹き抜け空間。演出はA氏の友人であり仕事仲間でもあったB氏、制作はC制作集団である。使われる素材は、昨年来D研究室とE社で共同開発を行ってきたF-99で、当時、造形譜と共に、D研究室CGグループによってバーチャルに発表され、<机上の素材>と批判されたものだが、あの夢のレンダリングをみごとに具現化した新素材なのである。久々のB氏の演出も楽しみであり、C造形グループの習熟した技法がこの新素材と共にA氏の作品にどう挑むかも含め、大いに期待されるところである。今回も観光省(前建設省)と通産省の協同企画展で、この作品は三年間展示された後、前回同様、同敷地及び近隣の植裁に堆肥に変えて返される計画になっている。云々

 しかしこのような記譜法も、共同作業も、素材も、かいまみる花のような造形への価値観も、そして観光立国も今はまだ夢で…

------ 形の文化会編「形の文化誌[6] 工作舎刊 (1999.4 ) より抜粋  

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● デザインにおける対応表現

 造形において道具の更新は,新たな創造の可能性を拡げてきた.現在,情報科学の発展及び情報処理技術の進歩は,デザインの一連の過程を大きく変えつつある.しかし,個々のデザイナーにおいては,その独自の創造性と,それに対応したコンピュータシステムとの関わりは,しっかりと検証されないまま,汎用既存ソフトにつき合わされているのが現状である.

1. デザイン活動における情報科学的視点とその教育的有効性について.

 証明は,君を強制する手続きとみなさないで,君を導く手続きとみなせ.----しかもそれは,ある(一定の)事態に対する君のとらえ方を導くのである. (ウィトゲン シュタイン 「数学の基礎」中村秀吉訳)  

 翻訳機械のような,人間と機械の混成系が成立しつつあるなかで・・・・  

 現在,情報科学は,コンピュータ技術の発展と多岐にわたる学問分野への普及によって,総合的・学際的な広がりをみせている.論理学・言語学・数学・哲学・倫理学などの学問を基盤とした制御と通信の問題が,機械工学や電気工学の発展と連携して新しい学問分野を生み出すことは1947年すでに N.Wienerの予測に見られる.
  細分化した科学を見渡す共通な概念として,情報科学に哲学・科学・芸術の展望鏡(凹面鏡)的役割を担わせるためにも,デザイナーやアーティストの積極的アプローチと研究が望まれるとともに,その客観的表現は,デザイン活動へと人を導く手続きともなるだろう.

2.発想から実制作までの,構成や構法に情報処理技術(パソコンを使った自作のプログラムと汎用プログラムによるシステム)を如何に活用したか.

 現在,膨大な記憶容量を持ちつつあるコンピューターのプログラム言語に,配列変数というのがある.一つの変数名でいくつかの要素を参照することができる変数である.配列宣言とは,メモリー空間に配列の次元と各配列の要素の数を決める予約手続きで,自由にn次元の配列が記憶領域内で可能となっている.この視覚に惑わされない,多次元の同時性と周期性をもつ記憶概念は,自由な,有限な構想の場を成立させる.
  発表した作品は,つぎのような配列変数を想定して得られたものである.

 「構成配列変数」 設定した次元において,1に始まる連続自然数によりきわめて抽象的に構成された配列,したがって添字と変数との関係で生ずる,一対一対応,分割,順序の構成的差異だけを表す.

 「調整配列変数」 構成配列変数に対応するよう昇順にならんだ数列.全体と部分の比例を調整し,周期を設定する.

 「対応配列変数」 配列変数間の対応関係を設定したもの.たとえば,構成配列変.数の値と調整配列変数の添字の関係を設定.
  尚,これらの配列変数は,四則演算的に再生産できる.  ここでさらに,空間分割,要素,要因,属性等を配列変数化したものを,上記の配列変数に対応させ,人の手に代わる外部出力機器を操作して,様々な形態にアナロジカルな表現を生もうというわけである.そして,その表現と類似な形態との比較を行い,再帰的にそのアルゴリズムと対応する配列群とを書き改めるなら,始めに宣言した,空虚な配列も,有機的変化とバランスに富む,抽象に近づくかも知れない.

日本デザイン学会教育部会 1997年11月20日 都立工芸高等学校にて 
発表者: 石 垣 健 

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● アートにとって科学とは?

科学的発展に対峙し如何に自己の感情は,表出するか.

 芸術的衝動は,いつもカオスの香りを秘めている.それは,人がカオスに客観的法則を見出そうとした科学的探求と同様,自然と人生へのきわめて情熱的な衝動です.  芸術活動は,素材による感覚的構成形態をメチエ(技法)によって生起し,感覚を生成する.それは異なるカオス(自己)の香りから作品を隔てるためであり,創造とは,己からいかに遠くへ至るかの試みでもある. それ故に,作家はその飛翔の証しにサインを残し,我に返る、、、、、.

 科学的探求は客観性を守る.一方,探求にあたっては環境の設定と選択という主観性が介在し,探求の道程を,希有なる発見の瞬間を,創造する.客観的法則に発見者の名が付くのはそれ故であろう.  哲学的,科学的,芸術的判断とそれによる行動は,人間の尊厳を,つまりは われわれのいる今を,上方でささえる三つの反力だと言おう.このさまよえる小さな展望台にめぐるカオスの風は,明日の目覚めにほどよい薫りをもたらすから.

 今世紀後半,科学はその探求の方向を宇宙的広がりだけでなく,生物的,生態的深淵にまで深めつつある.生命の意味の拡張と変質は,個人の記憶力を越え,その客観的記述はわれわれの想像の遥か彼方へと広がる.作家もこの科学的発展に対峙し,その不可逆的進化を,個の不可逆的成長をそして,この希有なる生態系の有限を感得するときであろう.この愛しき混沌の味は,現代アートの感覚的カテゴリーに浸出しても不思議はない.


感覚的構成力に数理的構成力は,なにを補足するか.

 造形表現において道具の更新は素材と共に,新たな創造の可能性を地道に拡げてきた.しかし現在、情報科学の発展及び情報処理技術の進歩は、デザインの一連の過程を大きく変えつつある.その速さ故,個々のデザイナーにおいては、その独自の創造性と、それに対応したコンピュータシステムとの関わりは、しっかりと検証されないまま、汎用既存ソフトにつき合わされている.

 近年における科学技術の驚異的進歩において,情報処理工学は重要な役割を担ってきた.画像処理技術の着実な進歩とGUI(Graphical User Interface)の向上は,コンピューターを家庭電化製品にまで普及しつつある.しかしその一方では,不断の更新と統合を重ね,進化し続けるコンピュータープログラムの構造やアルゴリズムは,使用者にとってはますます見えないものとなり,せっかく芽生えた,情報処理という概念が,新たに日常を見直す新鮮な言語の源泉として一般化する,最初のチャンスを逃したようにも思われる.
 しかし,このプログラムの構造やアルゴリズムこそ感覚的構成力を観察し,記述し,再現する楽しき悪友であるはずで,この連携した一連のシミュレーションがなんらかの数理的構成モデルを見出すなら,射影幾何学が芸術に及ぼしたのと同様にさまざまな新しい構成の作品を生むきっかけになると思われる.

芸術としてのメチエは,先端技術をどう融合させるか.

 ともに複製とも考えられる絵画と写真の対比に象徴される芸術論争は,いつも芸術と科学の融合において問われる問題で,人のもつ技能を他人の所有する機械が代行する不快感と危機感は,法人の機械化も加わり,止まるところを知らない.果たして人間としての尊厳は機械に追い込まれていくのだろうか?それとも,法人のシビリアンコントロールが強く意識され,法人の為の持続ではなく,人類としての持続と共存に向かうのだろうか?科学技術はいま,機械を生態系と持続的に共存させる研究を試みている.若い芸術家は,科学者は,時代への直感を失ってはならい.四角いキャンバスや一抱えのブロンズに支持体を求めているだけで安心してはならない.互いによき悪友としてピコ,ナノからギガ,テラの世界を逍遥する諸感覚を取り戻し,あの変容する透明なイカの皮膚感覚や,明滅する蛍のほのかな明かり,脱皮し木漏れ日に舞う蝶から学びとった飛翔する支持体をもとに,蜘や,蜜蜂や,貝のメチエを学びながら.混沌の大海原に船出する時なのであろう.

       第12回   ARS 1997年11月15日 千駄ヶ谷区民会館にて   石垣 健 

 

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