アルスノート
Arsnote
轆轤は,たった一軸の回転で様々な造形を生みだす.陶芸の轆轤,漆器の木地を作ったり家具制作に使われる木工用轆轤,鍋などをつくる絞り加工も回転による造形である.新しい機械は,いつも新たな造形を生み出し,デザイナーは,その機械の個性を育てる喜びがあった.しかし近年の機械は,個性を越え始め,何でもできる汎用性を持つようになった.また,数種の機械を持てば,ひとつの地域であらゆる加工が可能となり,輸送システムは,材料の偏在性も,製品の地域性も溶解させた.地場産業は個性を持てなくなったのであろうか?この過剰な自由度のなかで,あらたな地域性や地史への注視が成された.今どこにいるのか?常にそれを考えるのがデザイン(考案)の楽しみである.消そうとしても消せないのが個性.足下を見つめれば,いやでも見えてくる.
この作品は,機械を使った一刀彫りである.一筆書きのようにサラリと彫り終える.縦5M横3M高さ0.3Mの加工が可能な,コンピュータ制御による切削機の,健康管理のために作られた.休眠中の機械は,ときどき機械体操を必要とするのだ.これは,機械を産んだものへの,管理人としてのささやかな敬意のしるしである.多くの才能を集めて生まれた汎用機が,なんとつまらぬ仕事をさせられていることだろうか.そこには遊びを知らない教育の不快が澱んでいる.「多種少量生産」という言葉だけが上澄みとしてこぼれる.
イメージ
この一連の作品のイメージは,「リズムとバランス」と言ってしまえば身も蓋も無いが,元となっている座標符(造形譜)は,お気づきのように,ゆがんだグリッド上の線だけである.このように抽象度の高い表現を,造形譜とは言い難いので,構成譜と呼んでおこう.ここでは,このデータをカッターパスとして使用しているので,「造形譜」とするには,刃物の形状を加えた切削後の形状(ポリゴンメッシュ)が必要となる.
このスクリーンは,強い日差しが室内に入るのを避け,光だけを取り込むデザインだ.リズムとバランスでほど良い光の分散が得られ,動きに富む構成は,素材の重みを軽やかにするはずだ.
構成譜とは,生物分類学で例えれば,脊椎動物(亜網)といった感じの分類レベルで,海,草原,山河,天空に躍動する能力を生む造形構成の基本形式の一種を意味するわけだ.もっとも,人為による構成譜でそれに匹敵するものは,せいぜい車輪やスクリューのような回転軸をもつ機械ぐらいであろう.このような構成譜は,世界の様相を変えるほどの増殖をしたのだから,簡単だからと言って甘く見てはならない.
造形譜からの実制作
構成譜の解釈は自由度が高いので,実制作者(製作家,パフォーマー)にとっては作り甲斐のある仕事である.この作品の場合には,構成譜を少々編形し,一本の線を2本のカッターパスに変えている.カッターパスとは,NC切削機(NCルーター,NCフライス盤)の回転する刃の通り道である.これを複線にすることで,刃物の形状と切削断面を若干ではあるが変化させ,不自然な太さを避け,切削性も改善させているている.ポンペイの遺跡で灰の空洞を石膏取りするよう.発泡材に残るカッターパスの痕跡を雌型とし,特殊石膏を注入して製作した.